“(建築学科の学生に地図を見せて『なにか変なことがあるか?』という問いに『分かりません』と応えられて、)いや、変だと思えよ。びっくりしろよ。建築学科だろうがよ。ずれたグリッドが衝突して、その接点のヘタ敷地に無理に建ってる施設の様子とか、鉄道線にブチ断たれた街区の痕跡とか、丘の上に新しく開発された集合住宅へのアプローチ道路の地形との戦いぶりとか、団地をジグザグに横断する市域境界線とか、そういうのに「ん?」と引っかかるメンタリティを持てよ。それで現地へ出かけていって2度びっくりしろよ。街の風景に驚けよ。多くの人が見過ごしたり見慣れたりしている何気ない街の様子に、引っかかったり驚いたり怪しんだりできないと始まんねえよ。たかだか20年間で育んだおまえの「あたりまえ」なんて全然だめでショボいことを思い知れよ。「デザイン」なんてそっから先だよ。”
さらにこちらでは
ホンのしばらく大学で教鞭をとった。1時限目の授業もあって久しぶりに朝早い時間帯に車を走らせる日々を過ごした。
それで気づくことがあった。よその、まあまともと思える国々と日本の朝の風景がまったく違っていた。
何が違うかというと、よその国ではこの時間帯に必ずスクールバスを見受ける。
学校があれば、その正門前にはスクールバスのほかに子供を送ってくる自家用車がひしめいている。
日本ではそんなスクールバスはいっさい見かけない。子供たちは走る車をかわしながら歩道の区別もない道を歩んでいる。
スクールバスの代わりに日本でしか見かけない光景がある。老人介護の車椅子マークをつけた小型バスがやたら走り回る。
日本ではなぜ子供より老人を大切にするのか。答えは共産党か公明党に聞けばいい。
老人には未来などない。しかしいまは投票権をもっている。それがぼけていても1票に変わりはない。
かくて介護だとか老人健保だとか福祉政策がすいすい立案、成立され、国民の税金で老人どもの面倒を見る。
ただ条件が付く。これだけよくしてもらえるのはわが党のおかげ。介護もする、医療費も安くした。投票所には車で連れていってやるから、こういう名前を書き込め。分かったね。
かくて税金で買った老人介護の車が元気に街を走り回る。
所沢で運転しながら犬の面倒を見ていたおばさんが、集団下校している小学生の列に突っ込んで8歳の女の子を死なせた。
輪禍だけではない。奈良では下校途中の幼女が変質者に連れ去られ、殺された。栃木県今市市でも同じ悲劇が起きたが、どこもスクールバスを走らせようとはしない。票にならないからだ。
そして今日も老人バスは児童を蹴散らして街を行く。なんともいびつな日本の景色だ。
842 恋人は名無しさん 2007/04/04(水) 23:53:36 ID:/EpEDJ+MO
あしたなんしにするついうかんしにならん
て件名だけのメールが来た
お前は母ちゃんかよ
男なんだから機械に強くなってくれ
851 恋人は名無しさん 2007/04/05(木) 06:51:42 ID:exGKq2i10
»842
あした=朝
なんし=汝
にする=仁する
ついう=追雨
かんし=漢詩
にならん=~であろうか、いやない(反語)
つまり
「朝、あなたをいつくしんでいたら
もう一度雨が降ってきたので
漢詩(にあるような)の風景だなあと思ったところだ」
という恋文
852 恋人は名無しさん 2007/04/05(木) 07:23:35 ID:5LsHVGYmO
どこの帝だよ![]()
Tumblrの使い方(私的メモ)
環境:
Firefox + Tombloo + AutoPagerize(Greasemonkey)
+ Save Image in Folder
1.AutoPagerizeの先読みを増分する
スクリプトの以下の数値をいじる
var BASE_REMAIN_HEIGHT = 400
から
var BASE_REMAIN_HEIGHT = 4000
これでかなり快適
2.Save Image in Folder
リブログと同時にショートカットキー(Hキー + 数字キー)で
種類ごとに指定フォルダへ画像保存
gif画像、絵の資料(風景、人物)、ネタ画像
3.キー操作
左手:キーボード、右手:マウス
下へ移動:Jキー連打
リブログ:右クリック + Jキー
上へ移動:Kキー(Jキーで行き過ぎた時にもどる)
Tomblooが調子悪い時のりブログ:Shift + R4.Tumblrの流れが微妙なとき
アドレスの後ろに5000とかつけて過去へ飛ぶ
https://www.tumblr.com/dashboard/5000
5.とにかくFollowする
リブログした対象を最初に投稿した人まで辿ってFollowする。
5000Followが限界?
学生の頃、都市計画や風景計画を学んでいて「情報のリンク」の大切さを学びました。「1000万ドルの夜景といわれる神戸の夜景は、六甲山の展望台があることで初めて成立している」と言われてハッと気が付いたんです。その素材を引き立てるインタフェイスがあって、初めて素材の価値が生まれると。この教えは、僕のインターフェースデザインに大きな影響を与えています。
2008-08-28 (via gkojay) (via shimanashi) (via uz96) (via gkojax-text) (via edieelee) (via yuasa) (via dotnuke) (via nobabaclip) (via qlipon)
僕が旅行で一番好きな瞬間は、旅の終わりに家に帰る途中、バスや電車の車窓からどこにでもあるような町の風景を見て、
「ここには何千何万の家庭があって、それぞれの人生があるけれど、みんな自分とは縁のないまま生きていくんだな。同じ日本に住んでるのに」
という、少し寂しいような、すがすがしいような気持ちになるときかもしれない。
僕がどこにでもあるような町を見るのが好きな理由は、多分確認して安心したいのだ。どこにも特別な場所なんてないということを。
小2の頃からどうにも俺の成績に満足してなかったらしい母がその頃からテストの度に
「どういう頭でこんな点数とってくるのか」「○○君をもっと見習いなさい」とか言ってて
成績が悪いのを理由に小遣いはくれなかったし、服も近所のお下がり(しかもサイズ違う)ばっか
だった。
それから数年間はクリスマスのプレゼントは「パパとママの為にもっといい子になろうね」
という手紙と一緒に置かれた参考書のセットだった。
クラスメートはみんなスーファミのソフトとかを手に入れてて羨ましくて自分も欲しいものを
プレゼントして貰いたくて文句も言わずに黙々と参考書を解いてた。
いつからか絵を書くのが好きになって学校の職員室に飾ってあった小さな風景画をみて油絵を知った。
小6のクリスマスの時に今年も欲しいものはこないんだろうなと思いつつ「油絵の道具のセットを下さい」
と書いたら翌朝「パパとママを困らせるような子にプレゼントはあげられないんだ」という手紙。
朝から仕事で両親はいなかったから腹いせに家中の食器とかをそこら中にまき散らして数千円の貯金つかんで
叔父の家まで家出した。
叔父が俺が来るなりびっくりして両親に電話して数時間したら母親が来た。
凄い形相をしながら俺を怒鳴りつけてたきたのに余計に腹が立って玄関にあった花瓶を力一杯
投げ付けて「帰れ」って言った。
母は切り傷すらしなかったけど唖然とした後泣きながら逃げ帰って行った。
クリスマスっていうか幼少のころってまるでいい思い出が無かった。鬱な話でごめんなさい。
ちなみに今も両親の元ではなく叔父の家で叔父の美術商の下働きをさせてもらってます。
来年美大を受験します。
男「久しぶりにヘッドホンを使おうとしたら、ガサガサ鳴る><」
DIY娘「接点のとこが酸化してるからだね」
「電子部品のハンダ付け用のフラックスを塗って、しばらく放置すると・・・」
男「おお、ガサガサしなくなった」
DIY娘「フラックスは侵食性があるから、最後にフラックスクリーナーで掃除してね」
DIY娘「車の傷消しで数万払うとかwww」 (via petapeta)
このスレッドのDIY娘、まるでうちの弟だ。中学生のときからギターの自作とかやってるからDIY関連の必要工具とか一通り家にあるし。アンプのメンテで上の話も何度か聞いたことある。手ごろなのは接点復活剤。
(via pdl2h)
都民の森に行ったmeetupの時にpdl2hさんのお宅にお邪魔させてもらった際、弟さんのギター自作風景というか場所を見せて頂きましたが。確かにそんな印象が。
(via vmconverter)最高にオチのない恐怖体験というと、私が大学生のときに山の手線沿いの道を歩いてたらそこが二週間前くらいに見た悪夢の風景そっくり(あまりに嫌な夢だったので夢日記つけてた)で、「嫌だなあ似てるなあ」と思ってたら自販機の脇に筆文字で「夢で見た光景」って張り紙してあったことです。
朝日ホールで贈呈式に出席したとき、受賞者として挨拶しました。そのとき、こんな機会は最後かもしれないから、本音で話すことにしたんです。「今作られている広告は面白くない。全部つぶれてもいいと思っています。有名なタレントをきれいな外国の風景に立たせたり、奇抜なことを記号的にやったりしているが、本当の新しいイメージはそういう風に作られるものではない。だから、カルピスの広告で『イメージの読み書き』をしようと思いました」という話をしたら、会場が静まりかえった。
その後、次にスピーチするサントリーの鳥井道夫さんが壇上に立ち、挨拶用の封筒を胸ポケットから出すと、黙ってしまった。そして「これ、今朝秘書が渡してくれたスピーチ用の原稿で、無難なことが書いてある。オレね……佐藤くんの挨拶聞いたら、こんな準備されたもの読めないよ」って言うんです。会場中が「えっ」となり、ご自身の言葉で話し始められると、形だけのセレモニーが生き生きと変容したように感じました。贈呈式の後、電通の社長や役員に褒めていただき、いまだに「あの挨拶覚えているよ」と言われることがあります。
